それではお待たせいたしました。

完走記に参ります。

なお、今回は5km地点ごとに
ランナーズアップデートの計測タイムを載せます。

8:40にゲート4に到着し、手荷物を所定のトラックに預けたあと
スタート地点についた。所定のトラックはランナーの荷物を
ゴール地点まで運ぶ。トラックにはナンバーが表示されていて
自分のナンバーは31だった。てことは少なくとも31台のトラックが待機している。
そのまま進むとすでにものすごい数のランナーが
集まっていた。その数36000人というから当然か。
外国人の方も多い。ようやく
5:00というプラカードを持っている係員を発見。
その近くに行った。

スタートまで準備運動やストレッチをしているランナーがいたが
まったくしていないものもいた。自分は前者で
アキレス腱伸ばしや屈伸運動をしていた。

舛添都知事の開会宣言の後、国歌斉唱。
どこからともなく男声合唱団の力強いハーモニーが響き渡った。
自然と感激のあまり涙がこみ上げてきそうだった。
合唱団名は六本木男声合唱団だった。
ただし調性はレの音ではなくラの音だった。

9:10にスタートした。
天候は曇り、気温は6度くらい。日中はかなり上がるだろう。
ガーミンのスイッチを入れた。
花火が揚がった。スタートしても走るどころか歩くこともできなかった。
数分後にようやく歩くことができたが、時々止まったりした。
スタート地点のゲートまでが長かった。また
あちこちに大型スピーカーが設置されていたので
六本木男声合唱団のハーモニーはゲートをくぐるまで聴こえた。

tokio metropolitan government

STARTという大きなゲートが見える。
このあたりまで1kmだった。
ガーミンに目をやると、すでにスタートから14分が経過していた。

ゲートを通過すると、やっと前方の道が開けてきた。
最初は下り坂だった。そして徐々にペースを上げた。

しかししばらくして、右脇腹に痛みが走った。それは時に
真ん中で締め付けられるような痛みでもあった。
準備万端でのぞんだ初フルがいきなりこれかと思ったが、
ペースを落とししばらく、だましだまし走ると一時的に治まった。

原因は何か、3時間前に食べた大量のパンか。
しかし食べてからすぐに運動すれば脇腹が痛くなることは
身を持って知っているが、3時間も経っているのに痛くなるのは
あまり聞いたことがない。

一時的な治癒と一時的な苦痛の交替に耐えながら
先を進んだ。3km地点か5km地点かは忘れたが
やがて左前方に何脚もの長テーブルが見えてきた。
エイド(給水所)である。
そして同時に青色のエプロンをかけた人々の姿が見えた。
そう彼らが東京マラソンのボランティアである。その数10000人。
3番めのテーブルでM師匠の師匠、Oさんの姿を見た。
縫い付けられた名札に名字がひらがなで書かれていたのが印象的。
すいませんね、食べ過ぎでお腹が痛くなりましてと言うと
いいから早く行ってと言われた。

そしてすぐポカリスエットの入った紙コップと水を少し飲んだ。
そしたら不思議なことに、お腹の痛みはどこへやら消え去った。
思い出した。実は大量のパンを食した後、お腹が冷えていたせいなのか
下痢気味でトイレに駆け込み出してしまった。
その時は確かにスッキリしたが、その後の処置がよろしくない。
何も食べずに何も飲まずにホテルを出た。
そしてその状態でスタートした。つまり軽い脱水症状だったのだ。

昨年の夏に脱水症状を身にしみるほど味わったが、冬にもあったとは。
しかしもはや先ほどの痛みは嘘のように消えてなくなった。
後はペースを上げて、といっても30km地点までは温存して、
もとい、徐々にペースを上げて14分の遅れを取り戻そう。

5km 31:48(ランナーズアップデート)

飯田橋か水道橋あたりを経過後、
南下して日比谷へ。
このあたりで陸上自衛隊か航空自衛隊かは忘れたが
吹奏楽団の力強いサウンドが聴こえた。
ここから先はあまり詳しく覚えていないが
沿道にはランナーの名前が書かれたプラカードが見えた。
また右端には皇居ランナーの姿も混じって見えた。
そしてこのあたりから要所要所のコーナーで
オールスポーツコミュニティさんのカメラが待ち構えていた。
一応、帽子を取って会釈した。

10km 1:04:38(ランナーズアップデート)

さらに南下して虎ノ門~芝だったか。
高層ビルの姿が途切れることはない、
どこを見渡しても高層ビルと交差点の交替が続く。
そしてその両サイドから沿道から力強い声援が。
そしてその下をランナーが通過する。
中央分離帯の左側に目をやると、対向するランナーの姿が。
とにかく速い。飛び込んできた。少なくとも自分よりは10km以上離れていたと思う。

15km地点の品川で尿意を覚えた。
水道橋あたりのポカリスエットが今頃になって効いてきたのか、
まさに水。仮設トイレを発見。が、すでに順番待ち。
その数30人。トイレの数は7台あったが、半数以上はなかなか
開かず、実際は数分待って1台開き、また数分待って1台開くというものだった。
ただじっと待っていても尿意を覚えるだけなのでストレッチをしていた。
また脚つり防止に塩熱飴を1個投入した。

15km 1:43:54(ランナーズアップデート)

ようやく折り返し地点に。しかし10km地点まで
約30分で通過できたのに、15km地点で
約40分とは、10分も遅い。やはり先ほどのトイレが効いた。

今度は北上を続け、芝~虎ノ門。つまり逆ルート。
17km地点のエイドで赤いスカーフを巻いたチームメンバーの姿を発見した。
やはりひらがなの名字が黒のサインペンで書かれていた。
テキーラの名前で親しまれているNさんである。また師匠と呼ばれることもある。
お会いできてうれしかった。ハイタッチをして先を進む。すると気のせいか
少しだけスピードが出た。

20km 2:14:05(ランナーズアップデート)

新橋、いや西新橋だったか、銀座あたり。
このあたりまで来ると、すでに歩いているランナーや沿道で
ストレッチをしているランナーを見た。
なめていた塩熱飴もすっかり溶けてしまっていたので2個目を投入した。歩いているランナーも多いとはいえ
まだランナーとランナーの間は密集していた。
時々、わずかな隙間しかないのに半ば強引に
ごめんなさいと言ってその間を割り込んで通過したこともあった。
ごめんなさい。確か大会パンフレットにも注意事項として書かれてあった。
このような場合は少しでも大きい隙間を探さなければならないと思う。
またここでもいくつかコーナーがあり
オールスポーツコミュニティさんのカメラが待ち受けていた。

25km 2:48:31(ランナーズアップデート)

銀座もとうに過ぎ、京橋~日本橋へと進む。
もうすでにゴールまで20kmを切った。
エイドもポカリスエットと水ではなく
大量のチョコパンがあったり、バナナ、プチトマトと充実していた。
ヤマザキパンの看板が見えたが、本社の前なのか。
とりあえずひと通りいただいた。
バナナは皮が剥いてあったので手にとると手がベタベタになったが
それをチョコパンの生地で拭いた。
またこのあたりから沿道からランナーに
地元のお菓子や食べ物を配っている
ボランティア以外の人々の姿を発見した。
私設エイドか?なんと素晴らしい。その行為に感動した。
ただ自分は受け取らなかった。

30km 3:22:32(ランナーズアップデート)

浅草に差し掛かったが
雷門の前でオールスポーツコミュニティさんのカメラが
あったこと以外はとくに印象に残らなかった。

浅草は最後の折り返し地点でもある。
長き道のりも、もう10km。
と、同時に緊迫した局面を迎えた。
沿道でストレッチをしているランナーや
歩いているランナーの多さに驚いた。
日本橋~永代橋~茅場町だったか。
とにかくスピードを徐々にあげていった。
20kmを徐々にあげるのは苦しいが
10kmを徐々にあげるのはたやすいはずだ。
3個目の塩熱飴を投入したが1,2個目とは違い
すぐに溶け出した。よほど塩分が欠乏しているのか。

35km 3:57:24(ランナーズアップデート)

入船あたり。もう少しで築地、佃だろうか。
カチンカチン・・・どこからともなくカウベルの音が。
沿道でカウベルを持って応援していた東京のチームメンバーOさんに会う。
バニーガールの姿で疾走する姿から通称バニーさんと呼ばれている。
ハイタッチをした後、大丈夫?飛行機に遅れるよ。と言われた。
そうそう、何を思ってのことなのか帰りのフライトを17:55にしたのだった。
ただ今の時刻は13:18、あと約4時間30分。
間に合うのではないか。
そしてバニーさんのとなりの男性から
ひと口チョコを1ついただいた。
その男性は顔面を派手な色でペインティングしていた。

しかし築地、豊洲あたりからコースはいきなり上下に波打ってきた。
つまりアップダウンの連続である。
都市型マラソンはフラットなコースが特徴なのに、なぜ終盤でアップダウンなのか。
しかもかなり体力を消耗してきているだけに、このアップダウンは堪える。
このあたりから特徴のある被り物を着用したランナーに出会った。
1人はドラえもん、もう1人は背中に大阪人でっせ~というメッセージが書かれた
Tシャツを着た人、いやこれは被り物ではないのか。
彼らはともに速かったが、それでも自分も彼らの背中を追い続け、
時に抜かしたりした。しかしドラえもんも速かった。沿道からの
「ドラえもん頑張れ!」の後押しもあったせいかもしれない。
やがて連続する坂道を音もなく追いかけてくる4~5人の男女の集団に出くわした。
全身ブルーのウェアを着用していて背中に5:00と記載された風船を付けていた。
これがペースメーカーである。5:00とは5時間のこと。
つまり彼らよりも後ろだと5時間以内にゴールできないわけである。
そう察知すると自然とスピードが出た。上り坂で彼らをやり過ごしても
下り坂で追い抜かした。しかしこちらもすでに疲労困憊。
油断するとすぐやはり音もなく風船集団が現れた。
するとまた沿道から「絶対にそいつらに抜かされんなよー!」とヤジにも似た
声が。しかし後で「ペースメーカー頑張れ!」の声も
いったいどちらの味方なのか。
しばらく風船集団とデッドヒートとなったが、
最後のアップダウンを通過しフラットになった地点でペースをあげ
風船集団を突き放した。

40km 4:32:09(ランナーズアップデート)

もう残す所あと2km。しかしここから先が長かった。
いや長く感じた。大阪人でっせ~とドラえもんの姿はなかった。
風船集団はもはや追ってこないが
あと2kmから先がなかなか、あと1kmに変わらず
動揺の色を隠しきれなかった。中にはご丁寧に
「もう少し楽しんでください」というプラカードもあった。
エイドも設けられていたがペースメーカーが脳裏をよぎった。
寄っている暇はない。ようやくあと1kmに切り替わった。

最後の交差点を左折し、あと1km残すのみとなったが
最後の1kmも長かった。とにかくスピード、いや
スピードよりも一刹那の時間だった。タイムに追われながら
スピードをあげる。これを体力を消耗した状況でやることは
正直きつかった。しかしやがて見えてきた。
ビッグサイトの外観が。42km経過。

そして最後のコーナーを右折。あと195mの看板が見えた。
あと約200m。陸上競技場トラックを半周。
とにかくゴールは目の前。身体を前傾し全力で行った。
ゴールゲートが徐々に大きくなる。

そして結果は。

FINISH 4:46:40(ランナーズアップデート)

finish gate

とにかく終わりました。

ゆっくり歩き、ボランティアの方からメダルと
バスタオルをかけてもらいました。

tired

チームメンバーからの要請もあり、
ゴール後の自分を撮影しました。
ただ、ぶれております。
一応10秒セルフタイマーで撮影しました。

ゴール後もたくさんのボランティアの方々のお世話になりました。
みかんやバナナ、カロリーメイト、エアーサロンパスまでいただきました。

ビッグサイト構内で手荷物を受け取り、
着替えた後、出口を目指しました。

go-out

それにしてもすごい数ですね^^;

やはり外国人の方もいらっしゃいます。

17:55のフライトには間に合い

19:10に小松空港に到着しました。

komatsu-airport

しかし小雨が降っていました。

というわけで本番の時には着用しなかった自作のビニール袋をかぶりました。

myself

最後までお読みいただきありがとうございましたm(__)m

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