1983年にファミコンが発売したそうです。

family-computer-miniture

ファミコンの正式名はファミリーコンピュータ
家庭用ビデオゲームマシンだったような気がします。
当初は¥10000くらいしたと思います。
ソフトをいくつか購入したら¥20000近くに
なったと思います。
ファミコンをはじめて親に買ってもらったのは
小学1年の時で11月3日文化の日でした。
この日はよく覚えております。その時は6歳。
ファミコン発売の年は5歳でした。
そういえばファミコンがまだなかった時、
ていうか買ってもらえなかったとき、
よく友達のうちに遊びに行ってやらせてもらったり、見ていました。
どちらかと言うと見ていることの方が多かったですが。

買ってもらえなかった理由は、
夢中になりすぎて勉強しなくなる、
あるいは視力低下につながるという
ものでした。そしてそれは結果としてその通りになりました。
事実、小学4年でメガネのお世話になり、
次第に勉強しなくなり、さらに
白髪が増えました。ファミコンも
メガネも小学4年生のころはまったく
珍しくもなくなりましたが、
白髪だけは珍しがられました。
女子のクラスメートにとって上げるとか言って
その毛を抜かれたことがありました。
抜けばもう生えなくなるとでも思ったんでしょうか?甘い甘い。
しばらく経つとまた生えました。ただ単に痛いだけでした。

それにしてもファミコンについて思うことは
それが手元に届くまでに、とても長く
待たされたことでした。とにかく
なかなか買ってもらえなかったのです。
しかしほとんどの友達が持っている。
持ってないのは自分だけだから欲しいとか
しつこくせがむと、さすがに
根負けしたのか、勉強をがんばったらとか、
スイミングをがんばったらとか、
家の手伝いをしたらとかいろいろな条件を出してきたので、しばらく
それをがまんしながらやっていました。
とにかく文化の日が待ち遠しかった。
とても長く待たされたわけですが、
実際は1年足らずだったわけですね。
しかし今思えば1年すら待てない自分が情けないです。

11月3日に本体とゲームソフトを買って
もらいました。ソフトはゴルフとスーパーマリオブラザーズでした。
パックマンもドンキーコングも買ったことはありませんでした。

日本のテレビゲームといえば外国人も
好きな人がいるくらいで、東京・秋葉原には
多数の外国人が集まるそうです。
彼らにとって日本のレトロゲームは
テレビゲームのシンボル的存在に映るそうで、
今や日本のゲームは世界中に知れ渡っております。

そしてそのゲーム音楽はこれまた
世界中に知れ渡っております。
日本のRPGほど知れ渡っているゲーム音楽は
ないと思います。3つに絞れと言われれば
ドラクエ、FF、ゼルダ。と答えると思います。
3作品に共通する点は発売年が異なるとは言え
いずれもファミコンからスタートしております。
また例えばFFの音楽で検索するとなんと
海外のオーケストラによる公演がYOUTUBEで
表示されていました。すごい時代です。
その熱狂ぶりは演奏中も大歓声が起こり、
日本のファンを超えていると思いました。
いずれにしても30年前じゃ考えられなかったことです。

視力低下、メガネ、白髪をもたらした
諸悪の根源がファミコンだったというのは何たる皮肉ですが、
結果としてファミコン文化は自分にとって有意義な時間を
提供してくれたものでもありました。

バナークリックお願いいたします。

original banner